慧生坐禅会掲示板

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つれづれに - 友田昌秀
2017/10/20 (Fri) 08:42:05
      なくなった人ともつきあう

 死者は死んではいない。
 彼らは助言し、意欲し、同意し、
 非難することさえできる。
 私たちの心のうちに、十分生きているからだ。

        アラン 「幸福論」


つれづれに - 友田昌秀
2017/10/19 (Thu) 10:18:24
           期待を生むのは、
           創意工夫である。

 自分の中に幸福の源を持っていない人は、行く手に待ち構える倦怠にすぐさまつかまってしまう。
 期待に胸膨らませる商人はずっと恵まれている。期待を生み出すのは野心だけではない。そもそも野心は虚栄心に過ぎない。期待を生むのは尽きることのない創意工夫であり、それが行動を導き、仕事に喜びと輝きをもたらす。牛乳売りの女は、ミルク壷を見ると、さあ働こうと考える。仔牛も牛も、仔豚も豚も、世話が必要だ。毎日せっせと働いていれば、次から次へと仕事が出てきて、ますます、一生懸命になる。期待は壁を打ち壊し、いまは見えていないものを見せてくれる。はびこった雑草や茨の茂みの中に、整然と耕された野菜畑や花畑を見せてくれるのである。

         アラン 「幸福論」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/18 (Wed) 08:37:08
          とにかく出発しなさい。
          どこへ行くかは、
          それから決めればいい。

 子供時代を思い出してほしい。あなたはは何か、目的を持って日々を過ごしていたか、そんなものはなかったのではないか。気がついたら生きていて、生きているからとにかく動き回っていた。いつも愉しいこと、心地よいことを目指していた。子供時代が懐かしいのはそのためである。
 懐かしく思えるのは、幸福だった証拠だ。そのとき、どう思っていたかは分からないが、幸福の渦中にいる人間は、そうと気付かないことがしばしばだ。どんな喜びも行動なしには生れない。

         アラン 「幸福論」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/17 (Tue) 11:16:04
      独創性

 ふだん私たちがよく口にする独創性とはいったい何のことだろう。
 すべてが独創性に満ちた人物などいるのだろうか。まさか、そんな人はいない。なぜなら、わたしたちはこの世に生れ落ちた瞬間から、つねに世界から影響を受け続け、死ぬまでそれが続くのだから。
 それを考えれば、わたしたち自身のものと呼ぶことができるほどの独創性はこれっぽっちも持っていないはずなのだ。
 それでもなお独創性というならば、それはわたしたち個人の不断なるエネルギーと強い意志の他には見当たらないだろう。

       白取春彦 「ゲーテの言葉」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/16 (Mon) 08:36:05
        人間は自ら
        行動したいのであって、
        与えられたものを
        耐え忍びたいのではない。

 選手たちは、苦しい練習に打ち込んでいる。人間は快楽を求めるとされているが、本当にそうだろうか。むしろ人間は苦しみを求め、苦しみを愛しているように見える。ディオゲネスは「苦しみこそが最もよいものである」と言った。
 人間は自ら行動したいのであって、与えられたものを耐え忍びたいのではない。進んで苦しい練習をする選手たちにしても無理強いされたら多分イヤだろう。誰しも強制労働はイヤだし、災禍に襲われるのは避けたいし、必要に迫られて何かをするのは好まない。ところが自分の自由で苦労を選ぶとなると、たちどころに満足する。たとえば、今私はこの文章を書いている。文筆で生計を立てている人なら「ご苦労なことだ」と言うかもしれない。だが誰に強制されたわけでもなく望んでしている仕事なので、愉しい、いや、幸せだと言うほうがあたっている。

       アラン「幸福論」
10月第二回坐禅会 - Shima
2017/10/15 (Sun) 14:57:41
本日の坐禅会ご苦労様でした、
14名のご参加を頂きました。
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/15 (Sun) 09:27:29
    逆境にあって自分を磨く

 人間は、逆境に置かれているときほど、なんとかこの境遇から抜け出したいと一心不乱に自分を磨き鍛えるため、人間的に大きく成長できる。ただ、当の本人が気づかないだけだ。
 逆に、何もかも上手くいっているときほど、人はその境遇に安心しきって努力や鍛錬を怠ってしまうため、成長が止まってしまう。ただ、当の本人が気づかないだけだ。

              洪自誠  「菜根譚」
10月第二回坐禅会 - Shima
2017/10/14 (Sat) 14:42:39
明日10月15日は10月第二回坐禅会です、
ご参加宜しくお願いします。
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/14 (Sat) 07:42:33
       見果てぬ向こうへ

 求めよ、達成を目指せ。
 しかし、ほしがる分のわずかしか得られないかもしれない。達成する一歩手前までしか行かないうちに死ぬかもしれない。
 でも、それでもいいじゃないか、もし、求めて簡単に達成できるのならば、取り立てて奮闘努力する必要もないし、最初から虚しいじゃないか。
 それでもなお、疲れもせずに励もう。そうしてこそ、ようやく人生を全うできる。

      白取春彦 「ゲーテの言葉」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/13 (Fri) 06:03:30
       失敗すると
       思えば失敗し、
       無力だと思えば
       何も出来ない。

 人間自身が作り出した秩序においては、信頼は事実の一部であり、自分が自分を信じなかったら自分をひどく貶(おとし)めることになる。失敗すると思えば失敗し、無力だと思えば何も出来ず、望みはかなわないと思えばかなわないのだ。このことを肝に銘じなければならない。私は、晴れも嵐も作り出すことが出来る。先ず私の心の中に、そして私の周りに、そして世界に。なぜなら絶望も希望も、雲の動きよりも早く人から人へ伝染していくからだ。私が信頼したら、相手は嘘をつかない。私が初めから疑いの目で見たら、相手は盗む。すべて自分のやったとおりのことが返されてくるのである。
 もう一つ、よく考えてほしいのは希望は意志によってのみ支えられる、と言うことである。希望は平和や正義と同じで、望むことによってのみ作り上げられるものであり、この点で、絶望とは反対である。絶望は先ずそこにあって、それ自体の存在の力によって増幅していく。

      アラン 「幸福論」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/12 (Thu) 05:58:02
      行動のない楽しみよりも、
      行動のある困難を選ぶ

 人は、ただ与えられた喜びには飽き飽きする。自分で勝ち取る喜びのほうがずっといい。なかでも、行動することと勝つことが好きで、苦しんだり屈服したりするのは好まない。
 だから人は、行動のない楽しみよりはいっそのこと、行動のある困難を選ぶのである。
 逆説好きのディオゲネスは、困難こそよいものだとよく言っていた。彼のいう困難とは自分で選んで進んで受け入れる困難のことである。ひたすら耐えるだけの困難は誰も望まないのだ。

       アラン 「幸福論」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/11 (Wed) 05:48:23
    死者に私たちを
    教え導く力が
    あることは、
    おそらく人間の
    最も偉大な事実である。

 そこで、死者は何を望んでいるのかを自問することが、大きな意味を持つ。よく見なさい。そして耳を澄ませなさい。死者は生きたいと望んでいる。あなた方の中で生きたいと欲している。彼らの望みをあなた方の生がゆたかに育ててくれることを願っている。こうして墓は私たちを生のほうへ送り返してくれる。こうして私たちの思考は迫り来る冬を軽々と飛び越え、新しい春へ、若葉の季節へと向かう。私は昨日、葉の落ちかけたリラの木を見た。そこにはもう、小さな芽が顔を出していた。

       アラン 「幸福論」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/10 (Tue) 07:23:14
     芸術

芸術は太陽のエネルギーだ。
経済原則のギブ・アンド・テイクは成り立たない。
陽光のごとく無制限に、エネルギーを放出し、
怖いほど与える。

      岡本太郎
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/09 (Mon) 07:53:44
       見抜く力

 観察して見抜く。
 この能力こそが、知識よりも、考えることよりも、実際的に役立つ。
 それはその場での適切な行動を大いに助けるし、芸術、詩、格言をも生むのだ。

        白取春彦 「ゲーテの言葉」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/08 (Sun) 09:39:21
    しあわせになる秘訣の一つは、自分の不機嫌に無関心になることである。


 ストア派の思索の特徴は、つらい感情を自分から分離して一個の物体とみなすことにある。そしてこの物体となった感情に対して「おまえは物に過ぎない。お前は私ではない」と宣言する。

 しあわせになる秘訣の一つは、自分の不機嫌に無関心になることではないだろうか。そうやって無視されたら、犬が犬小屋へ戻るように、不機嫌は動物の生き方に戻る。これは、現実的な道徳を教える上で大切なことの一つだと私は考えている。自分の失敗や後悔やうっとうしい反省は、すっぱりと切り離すことだ。「この怒りは、鎮まりたくなったら鎮まるだろうさ」とでも言っておればよい。泣いても相手にされない子供と同じで、怒りもすぐの収まるはずだ。

       アラン 「幸福論」

*つまりは自分を客観視することか。
無題 - 友田昌秀
2017/10/07 (Sat) 08:30:21
今日の言葉

”真剣に取り組んでいたら、人は認めてくれる。力になってくれる。人生とはその繰り返し。”

      作者不詳
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/06 (Fri) 08:28:08
        宇野千代 一日一言

 人間の考えることは、行動によって引き出されるのですね。
 一つの行動は次の行動を呼び起こします。次々と連鎖して行動を起こすのです。
 一方、頭の中だけで考えているだけで行動の伴わない生き方は、「生きの悪い生き方」と言うことになります。
 「生きがよい」か「生きが悪い」かが、私の判断の基準なのです。


つれづれに - 友田昌秀
2017/10/05 (Thu) 09:22:19
      大物は空気を読まない

天下の人々は、みな、私を大物だと言う。
私は実に、大物であって、空気を読まない。
空気を読まないから、大物でありうるのだ。
もし、空気を読んでいれば、
いつまでもつまらない人間のままであっただろう。

私には、常に三つの宝がある。
これを身に帯びて、重宝している。
第一に、慈しみの心である。
第二に、質素さである。
第三に、あえて天下の先に立たない。

いつくしむ心があればこそ、勇敢でありうる。
自分の欲望を統御しているがゆえに、
善く広く与えることが出来る。
あえて天下の先に立たないがゆえに、
人の上に立って、よく事を成し遂げることが出来る。

いま、その慈しみの心を捨てて、それでいて、勇敢であろうとしたり、
質素さを捨てて、それでいて広く与えようとしたり、
その後から行こうとする態度を捨てて、先んじようとすれば、
すぐにでも死んでしまうだろう。

そもそもいつくしみの心は、それを持って戦えば即ち勝ち、
それをもって守れば堅固である。
そのような者を天はもり立てようとし、
慈しみを持って、守ってくれるかのようである。

こういう者を大物と言うのである。

      安富歩 「老子の教え」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/04 (Wed) 07:41:24
     確かなものにすがろうとするから不安になる。
     あやうさを生きろ。


生きるためには、
あやうい「ものごと」や、あやうい「ことば」を
確固足るものと思い込んではならない。
そんなことをすれば、あなたの生きる力が、失われてしまう。

生きるためには、
ものごとの根源に立ち返り、
自らを、その危うさに委ねればよい。

確かなものにしがみつこうとするから、
確かなものに頼ろうとするから、
あなたは不安になってしまう。

あなたには、そのあやうさを生きる力が、与えられているというのに。

      安富歩 「老子の教え」
つれづれに - 友田昌秀
2017/10/03 (Tue) 08:58:10
      すべてがおまえである

 世界の本質は、既に古代インドの聖典に頻繁に顔を出す文章に明確に記されている。
 すなわち、「おまえは、この世に存在するもの一切である。荷車を引く馬や牛、山あいを飛ぶ蝶、轟音を立てて落ちる滝、陽に照らされる乾いた小石、湿地を這いずりまわる虫、風に転がる小枝。如何なるものであろうとも、それらすべてがおまえそのものだ」

     白取春彦 「ショーペンハウアーの言葉」