慧生坐禅会掲示板

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つれづれに - 友田昌秀
2018/12/11 (Tue) 08:43:11
      天命と唯我

 末期発見と言うのは、急に体が衰えて、変調が自分にもはっきり分かり、病院にいかなければ苦痛が治まらない状態で、診察を受けることだ。
 検査を受けずに暮らすということは、手遅れを覚悟することである。もし、そうなったら、あきらめるしかない。
 それは命を粗末に扱うことではない。その逆である。命を大切にしたいからこそ、出来る限り、切ったり、焼いたり、薬品で叩いたりすることをやめる。己の天寿を受け入れて、世を去ることを認めるという代償を払う決心が、つくかつかないか、そこが難しい。

      五木寛之 「養生の実技」
つれづれに - 友田昌秀
2018/12/10 (Mon) 09:06:31
        宇野千代 幸福の法則

 私はいつでも、現実の苦難を見つめた。その同じ目で、この苦難を超えた向こうの山は、どんなにか愉しいか、その楽しさを思い描くことが出来たのです。気楽な人、と笑われても、つねに、いつでも、幸福な明日を夢見て暮らしています。

         
つれづれに - 友田昌秀
2018/12/09 (Sun) 08:53:50
      形から入る

 動作は感情にしたがって起るように見えるが、実際は、動作と感情は並行するものなのである。動作のほうは意志によって直接に統制することが出来るが、感情はそうはできない。ところが、感情は、動作を調整することによって、間接に調整することが出来る。したがって、快活さを失った場合、それを取り戻す最善の方法は、いかにも快活そうに振る舞い、快活そうにしゃべることだ。

          ウィリアム・ジェームズ

*アメリカのプラグマティズム哲学は、禅に通じるところがある。


つれづれに - 友田昌秀
2018/12/08 (Sat) 09:05:17
        記憶と記録

”忘れる、と言うのは、人それぞれの資質もあるでしょうが、実は人間にとって非常に大事な生きる智慧でもあるような気がします。”

      五木寛之 「生きるヒント」
つれづれに - 友田昌秀
2018/12/07 (Fri) 09:24:44
     人間関係について

 河や海が数知れぬ渓流の注ぐところとなるのは、身を低きに置くからである。その故に、河や海はもろもろの渓流に君臨することができる。同様に、人の上に立たんと欲すれば、人の下に身を置き、人の前に立たんと欲すれば、人の後ろに身を置く。かくして、賢者は人の上に立てども、人はその重みを感じることなく、人の前に立てども、人の心は傷つくことがない。

         老子
つれづれに - 友田昌秀
2018/12/06 (Thu) 08:41:36
      人間関係について

 人には誠を尽くせ。言葉遣いの点でも行儀の点でも身のこなしの点でも素敵なのが良い。人を教えるだけではなく楽しませることが必要だ。もしあなたが人を笑わせることが出来れば、人を考えさせることもできるはずだ。そしてあなたを好きにさせ、貴方の言葉を信じさせることができるはずだ。

        アルフレッド・E・スミス
つれづれに - 友田昌秀
2018/12/05 (Wed) 09:06:30
      死への意識

 一人ひとりが自分の死後、つまり後生と言いますが、死のストーリーを自分なりに組み立てるということを、想像力を駆使してやるということは、ある意味では、死を前提にした最終期の人間の楽しみというか、喜びの一つだと思います。

     五木寛之 「玄冬の門」
つれづれに - 友田昌秀
2018/12/04 (Tue) 08:53:52
      選択と覚悟

「失敗は成功の母」と、いうのなら、「不安は安心の母」という表現もあるのではないか。人はアンバランスな状態のなかで、必死でバランスをとろうとする。生きる、とはそういうことではないのか。

       五木寛之 「不安の力」





























忘年会 - Shima
2018/12/02 (Sun) 22:29:21
忘年会
ご協力ありがとうございました。
22名の参加、にぎやかでよかったです。
Re: 忘年会 - なかじま
2018/12/03 (Mon) 09:38:34
写経会も仲間にいれていただき、楽しいひとときをありがとうございました。
清水さんの尺八演奏すてきで、心をなごませていただきました。ありがとうございました。
坐禅会のひとたちは、みんな、何か違うものを持っておられると、お褒めの言葉をいただきました。

つれづれに - 友田昌秀
2018/12/03 (Mon) 09:28:27
      きょうのことば

 人は誰しも悪路を進むとき、もういやだと歩くのをやめて座り込みたくなったり、何もかも放り出して死にたくなったりする。そういう人間に対して、その道を歩き続ける力を与えてくれるもの、それが信心ではないかと思う。

        五木寛之 「百寺巡礼」
12月度第一回坐禅会 - Shima
2018/12/02 (Sun) 16:01:30
本日の坐禅会ご苦労様でした。
12名のご参加を頂きました。

忘年会は午後5:00開始です

つれづれに - 友田昌秀
2018/12/02 (Sun) 10:42:08
     慣れない、群れない、頼らない。

 人と一緒に行動すると自分を見失い、その人に似てくるから、なるべく人から離れているほうがいい。人に頼れば、引き上げてもらえるが、それでは自分の生き方を探す努力をしなくなる。
 人の一生は毎日が初体験で、喜びも嘆きも時の流れに消え、同じ日は戻らず、同じ自分も居ない。
 歳を経るごとに、わからないことが増えていきます。それだけに生きているのが愉しい。知る喜びが沢山残されているということですから。

       堀文子 100歳のメッセージ
12月度第一回坐禅会 - Shima
2018/12/01 (Sat) 12:02:01
明日2日は12月度第一回坐禅会です。
ご参加宜しくお願いします。

忘年会は午後5:00開始です、宜しくお願いします。
会場:Ciao/チャオ
(近鉄大阪線法善寺駅1分)
大阪府柏原市法善寺4-2-27-102
グランドール法善寺1F tel 072-915-3712

つれづれに - 友田昌秀
2018/12/01 (Sat) 09:44:03
       愁いの本能

 雪吊りが必要なのは強い木であり、堅い枝です。逆に、竹や柳のように柔らかくてしなうものには雪吊りはしない。そういう木々は、枝のうえに雪が積もってある重さになると、ぐにゃっとしなってその雪を自分ですべり落とします。そして、すぐに元に戻る。それを繰り返しながら冬を耐え、やがて春を迎える。
 要するに、しなうものや曲がるものは折れない。堅いものや強いものこそ折れる、と言うことでしょう。

        五木寛之 「不安の力」
つれづれに - 友田昌秀
2018/11/30 (Fri) 09:34:53
        きょうのことば

”夫婦だから助け合うのは当たり前とか、兄弟肉親だから愛し合うのは当たり前だとか言う前提に立ってしまうと、そこに欲が出てくる。兄弟だからもっとよくしてくれてもいいだろうとかいう人がいるでしょう。他人だと思えば、そういう欲は出てこない。”

        五木寛之 「箴言集」
つれづれに - 友田昌秀
2018/11/29 (Thu) 08:58:27
       きょうのことば

”晩年がいい人の条件は、人のせいにしないこと。”

         斉藤茂太
つれづれに - 友田昌秀
2018/11/28 (Wed) 09:17:20
      祈りとは生き方

 眠りに落ちる前は、神のことを考えよう。神と共に夜を過ごし、休んでいるあいだ無意識のうちに神からの働きや教えを受け取ることができるように。

          ジャック・ウィンズロー


つれづれに - 友田昌秀
2018/11/27 (Tue) 08:55:08
      祈りとは神と共に働くこと

 キリスト者として祈るとき、私たちは困っている人々に決して無関心ではありえない。飢えた人、着るものもない人、家のない人、病気の人、囚われている人、虐げられている人、片隅の追いやられている人、そんな人々の叫びに耳をふさいでなどいられない。  

         デズモンド・ツツ 大主教
つれづれに - 友田昌秀
2018/11/26 (Mon) 09:21:09
       祈りとは生き方そのもの

 ただ流されるような生活ではなく、心をこめて生きられる生活こそが神秘的な祈りの素材なのである。そこには苦しみと楽しみがあり、散文と詩があり、教義と洞察があり、労働と遊びがあり、悲しみと喜びがあり、・つまり、人生の神秘のすべてがある。 

       ウィリアム・マクナマラ
つれづれに - 友田昌秀
2018/11/25 (Sun) 09:09:46
      祈りとは成長すること

 去年の私とはずいぶん変わったように思いますが、どう変わったかを説明するのはいささか難しいようです。深みを増したこと。歩く方向までは決まらなくても、歩き方はしっかりしてきたこと。虚しい気持ちと深く満たされた気持ちの間を昔ほど忙しく行き来しなくなったこと。今でも揺れ動くことはあるけれど、ジグザグにではなくまっすぐ進めるようになったこと。そんなところでしょうか。

        イヴリン・アンダーヒル