慧生坐禅会掲示板

93717
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/26 (Sun) 04:57:28
       不条理を悲しむな。神によりかからない。

”もあなたを憎むものが飢えているなら、
 パンを与えよ。
 渇いているなら、水を飲ませよ。
 あなたはこうして彼の頭に
 燃える炭火を積むことになる。
 主(神)が貴方に報いてくださる。”

      旧約聖書 箴言25章21節22節
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/25 (Sat) 06:14:40
     習慣

何かやりたくないことがあったら、
毎日必ずそれをやることだ。
これが、苦痛なしに義務を果たす習慣を
身に付けるための黄金律だ。

             マーク・トウェイン

*”毎日実践することで、習慣化させる”ことが
 夢を実現させる一番の秘訣なのです。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/24 (Fri) 05:45:45
    偏見の源

”発見の障害になるのは、無知ではなく既知である”

脳が勝手に作り出す物語、それこそが偏見の源と言えるのだ。

       福岡伸一(生物学者)
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/23 (Thu) 05:50:26
      反省

 長時間深刻にしている反省は、一見過ちを真剣に振り返っているようで、実はそれに気づいている人たちの眼を気にして、如何にかしてそれを繕おうとする自己弁護と責任転嫁に時間を費やしているだけと言う場合が少なくないのです。自分の非は少し落ち着いて省みればすぐに分かるものです。あとはそれを素直に認めるだけ、時間のかかる問題ではありません。反省とは本来短時間ですむものです。長引くのは、非を認めるよりは、そこで自分を正当化しようとしているからです。反省の中身は時間に反比例すると言ってよいのです。

      藤木正三 「福音は届いていますか」
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/22 (Wed) 06:19:47
      宇野千代一日一言

 言葉は思考の表現です。自分で暗示にかかるだけでなく、人の心をもその方向に持っていけるのです。「あなたはやさしいですね」と言われれば、そうか、自分はやさしいのかと、言葉に影響されて相手の人はやさしい心根になるものなのです。心が伝染するように、言葉もまた伝染するのです。

つれづれに - 友田昌秀
2017/03/21 (Tue) 05:52:13
    WHY ?

「やりたいことがある」と言う人には、僕は「じゃあ何でやらないんですか?」と聞くんです。多くの人は、やりたいことの準備を何もしていません。「いつかやりたい」と思っているだけで終わってしまうんですよね。行動する人は大抵成功しています。でも、その人自身が「やります!」と決心をしなければ、何も変わらないですよね。
 動かなければ何も始まらない。その気付きが大事なんですよ!  
         厚切りジェイソン
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/20 (Mon) 05:54:10
     思い立ったが吉日

 最近の脳科学では、人間が何事かの答えを求めて意識のうえで考え続けていると、同じことが無意識の領域でも進んでいて、あるとき、フッとその答えが意識のレベルに浮かび上がってくるといいます。これが気づきです。正に「大自然からの贈り物」なのです。気づきを得たら則実行です。

          上広哲治
3月第二回坐禅会 - shima
2017/03/19 (Sun) 17:32:45
本日の坐禅会ご苦労様でした、13名のご参加を頂きました。

観桜会のご案内を配布させていただきました。
4月8日(土)17:30開始、会場は観音寺です。
3月第二回坐禅会 - shima
2017/03/18 (Sat) 17:12:08
明後日3月19日は3月度第二回坐禅会です。
ご参加宜しくお願いします。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/18 (Sat) 06:03:00
        宇野千代一日一言

人間は心の存在です。気の持ちようで生き方まで変わってしまう、と言うのが私の持論なのです。

心の満たされた生活には老後と言うものの存在する時間はない。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/17 (Fri) 05:53:44
      宇野千代一日一言

 ストレスの少ない暮らし方をしたいと思うのでしたら、自分の周りの人に対して、あまり多くのことを期待しなければいいのです。他人が、自分の思うとおりに動いてくれないときに生れるのがストレスだからです。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/16 (Thu) 05:53:02
      行動

”チャンスと言うのは、自分の中にある。
 境遇や運や他人から与えられるものではない。
 ただひたすらに、自分の中にある。”

チャンスは、偶然に訪れるものではなく、目標とすることを成し遂げるために、長い間準備し、具体的な行動を起こしている人だけに、訪れるものだからです。

     本田季伸 「道を開く」

*すべて自分の中にあるってことは禅そのもの。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/15 (Wed) 06:00:12
       今日の言葉

”迷うならばやめなさい。
 迷いが取れ、やりぬく決心がついたらばやりなさい。
 腹をくくったならば不思議と道は開けてくる。”

      北川八郎 (陶芸家)
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/14 (Tue) 05:50:06
     嫉妬とコンプレックス

 人間は信頼関係を築く上で、最も邪魔をする感情が嫉妬とコンプレックス(劣等感)です。誰もが持っている感情でありながら、それはどこかで卑しい感情であり、そして個人的なものとみなす傾向があります。
 嫉妬とコンプレックスは社会の基底で確実に働いています。学歴、職業、家柄、資産や所得、容姿、障がいの有無など、その種はつきません。嫉妬とコンプレックスは時として、その人を向上させる原動力になることもあります。しかし、現代の社会では、往々にして人間関係を分断させる力として働いてきます。嫉妬の感情を裏返していくと、差別や偏見を生み出します。残念ながら、人間はかなわない強者にへつらうほど、より下に見る人間を見出し、自分の心の安寧を得ようとします。差別や偏見がひどい社会ほど、自分のわずかな弱点さえもがコンプレックスになりえます。それは積極的に社会に働きかける力をなえさせていきます。こうして嫉妬とコンプレックスは時として人々を分断し、連帯することを妨げていくのです。

      金子勝 「悩みいろいろ」

*人間は「みんな違ってみんないい」「人はいろいろと違っているのが当たりまえ」ということでしょうか。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/13 (Mon) 06:09:32
    信念

”私の着ているものを見て、みんな笑ったわ。
 でも、それが私の成功の鍵。
 私はみんなと同じ格好をしなかったの。”
                 ココ・シャネル


 
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/12 (Sun) 05:10:53
    行動

”私は気分が乗ってくるのを待たない。
 そんなことをしていたら何も達成できない。
 とにかくまず着手することを知るべきである。”
               パール・バック

モチベーションがあがらないときこそ、
まず、着手することが大事です。

なぜなら、手や体を動かすことで、自然とヤル気が出てきて、
アイデアもわいてくるからです。

ヤル気が出てから仕事をしようと思わず、着手さえすれば、
やるべきことをやり遂げることができるのです。

気分が乗らないときでも、まず、着手することができていますか?

*まず身体(形)から入るのは禅の教え。調身、調息、調心
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/11 (Sat) 06:16:19
宇野千代一日一言

 人の身の上は、見たとおりが幸福でありさえすれば、何を詮索することがあるでしょうか。幸福である、と自分で思うことにかけては、私は誰にも負けませんでした。「幸福だなァ」と日に二度も三度も、口に出して言ったりする、おかしな癖があるくらいなのですから。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/10 (Fri) 05:37:00
    宇野千代一日一言

 転んだら起き上がればいいのです。失敗したら、反省すればいいのです。人間と言うものは、体験することによって、必ず、一握りのもの掴んで立ち上がるのです。それが積極的に生きるということなのです。
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/09 (Thu) 06:02:57
     禅的生活

 真の禅を学ぶやり方は言葉によるものではありません。ただ自分を開いて、あらゆるものを手放すのです。何が起ろうとも、それが善いとか悪いとか想っても、自分が見出したものを綿密に学びそしてそして理解しなさい。これが根本的にあるべき態度なのです。実は任せる対象などないのですが、それが任せると言うことが意味することです。特定の決まりや理解に固執して自分自身を失うことなく、刻一刻自らを見出し続けなさい。それが貴方たちの為すべき唯一のことなのです。

   鈴木俊隆 「禅マインド・ビギナーズマインド」
つれづれに - 友田昌秀
2017/03/08 (Wed) 06:20:02
       自分の修行

「私の修行は目標とか意味の総てを今ここで感じ取れるほどに優れたものでは在りません」と貴方は言うかもしれませんが、たとえ自分の修行は大したことはありまっせんと言ったとしても、今ここでは、自分のための修行と言うのはそれ以外にはないのです。よいにせよ悪いにせよ、それが貴方の修行です。完璧な修行に近づいていくには、自分自身を受け入れる以外にありません。自分の修行がたいしたものではないといったところで、少しも修行の助けにはなりません。自分の修行はたいしたものだと言うことも助けにはなりません。貴方の修行は貴方の修行です。よいとか悪いとか、いろいろな言い方でそれについて語っていますが、それだけのことです。まず初めにこの点について知っておかなければなりません。だから我々は「貴方の修行はたとえたいしたものでなくとも、それが完全な修行なのです。ただ坐りなさい」と言うのです。

    鈴木俊隆 「禅マインド・ビギナーズマインド」